1.2.1 集合

数学的な考察の対象とすべきものを集めたものを集合(set)といい、集合に含まれるもののことを元(element)又は要素といいます。このように定義すると、そもそも集合が最初に存在してそれに含まれるものが元(要素)なのか、最初に元(要素)が存在してその集まりが集合なのかということが問題となります。このように、集合自体を考察の対象としどのようなものの集まりであれば集合となるのかを考える数学の分野を、数学基礎論といいます。

数学基礎論では、最初に空集合$ \emptyset$を考えます。空集合であれば要素を考える必要はありませんのでこのような問題は生じません。最初に空集合を考えたうえで、空集合を要素とする集合 $ \{\emptyset\}$などを考えることにより次々と集合を考察していきます。本HPでは、数学基礎論には触れずに集合の基本的な事項についてのみ記載します。余談ですが、私が大学で勉強していたころ教授に「数学基礎論は、若いうちは大変魅力的でおもしろい学問のように思える。特に、優秀な人ほど惹きつけられるようだ。でも、数学的に奥深い内容があるわけではないので、できるだけ深みにはまらない方がよい」とアドバイスを受けました。数学基礎論は数学の根本原理を研究する分野であり、また、数学的にも大変おもしろい分野だとは思いますが、「敬して遠ざく」のがよいのかもしれません。

Remark 1.2.1 (ラッセルの背理)
集合全体を要素とするような集合 $ A=\{集合\}$を考えてみましょう。$ A$は集合ですので$ A$の定義より$ A\in A$です。よって、集合には「自分自身を要素として含む集合」があることが分かります。このように、集合には「自分自身を要素として含む集合」と「自分自身を要素として含まない集合」の2種類があることがわかります。

つぎに、「自分自身を要素として含まない集合」の全体の集合$ B$を考えてみましょう。$ B$は「自分自身を要素として含む集合」でしょうか。それとも「自分自身を要素として含まない集合」でしょうか。
$ B$が「自分自身を要素として含まない集合」であると仮定すると、$ B$の定義より$ B\in B$となってしまい、これは$ B$が「自分自身を要素として含まない集合」としたことに矛盾してしまいます。それでは、$ B$が「自分自身を要素として含む集合」であると仮定するとこの仮定より$ B\in B$ですが$ B$は「自分自身を要素として含まない集合」からなる集合であることに矛盾してしまいます。

この矛盾をラッセルの背理といいます。これは、バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)により、20世紀の初頭に発見され、数学界の根本を揺るがした問題です。後に「集合すべてを含むような集合」のように大きな集合を考えることが問題であると考えられ、この背理が見つかって以降、どのようなものが数学の考察となる「集合」となり得るのか数学基礎論が発展しました。

すでに登場していますが、要素がない集合を空集合(empty set)といい$ \emptyset$ $ \varnothing$と記載します。ギリシア文字の$ \phi$(ファイ)に似ていますし、実際に(少なくとも私が大学で勉強していたころは)空集合という代わりにファイと発音することもありましたが、正確にはギリシア文字のファイとは関係がありません。$ \emptyset$を最初に用いたのは数論で有名なアンドレ・ヴェイユ(André Weil)であるといわれています。

要素が$ a$のみからなる集合を$ \{a\}$と記載します。ここで注意する必要がありますが、$ a$$ \{a\}$は異なります。例えば、$ 1$$ 1$を要素とする集合$ \{1\}$は異なります。空集合$ \emptyset$と空集合を要素とする集合 $ \{\emptyset\}$も異なります。空集合$ \emptyset$は要素がない集合ですが、集合 $ \{\emptyset\}$は要素として空集合$ \empty$を有していますので空集合ではありません。

要素の数が複数の場合でも同様に記述します。たとえば、$ a,b,c$を要素とする集合は$ \{a,b,c\}$と記載します。集合の要素の順序は問いませんので、$ \{a,b.c\}$$ \{b,c,a\}$$ \{a,c,b\}$もすべて同じ集合です。

集合$ A$に対し$ A$の要素の個数を $ \left\vert A\right\vert$と記載します。例えば、 $ \vert\{a\}\vert=1,\vert\{a,b,c\}\vert=1$です。空集合は要素がありませんので $ \vert\emptyset\vert=0$です。これに対して、集合 $ \{\emptyset\}$は要素として空集合$ \empty$を有していますので $ \vert\{\emptyset\}\vert=1$です。

このように、集合を記述するのに集合の要素をすべて列挙する方法を外延的記法といいます。これに対し、要素をすべて列挙するのではなく、集合に含まれる要素の条件を記載する方法があります。この記述法を内包的記法といいます。内包的記法では、 $ \{要素 \vert 要素が満たすべき条件\}$$ \vert$の後ろに要素が満たすべき条件を記載します。

たとえば、$ x^2=1$の解は$ x=\pm 1$ですので、$ x^2=1$の解からなる集合は$ \{1,-1\}$と記述することもできますが、 $ \{x\vert x^2=1\}$と記載することもできます。言葉では$ x^2=1$の解からなる集合といいますが、これは$ x^2=1$の解全体からなる集合を意味していることに注意しましょう。全体からなるを付けなくとも当然に条件を満たす全体からなる集合を意味します。「$ x^2=1$の解からなる集合」といったとき、$ x^2-1$の解全体からなる集合」なのか「$ x^2=1$の解全体の部分集合」なのか日本語としては紛らわしいように思いますので、このHPでは全体からなるという用語を用います。しかし、「$ x^2=1$の解からなる集合」は当然に「$ x^2=1$の解全体の部分集合」であると考える人からは、 全体からなるを用いるのは同語反復であり、「馬から落馬する」のように日本語としては誤用であることになってしまいますので注意しましょう。(いずれにしても、数学上の問題ではなく、日本語の問題です。)

また、要素を考える範囲を明示するために、 $ \{要素\in 要素が含まれる別の集合\vert要素が満たすべき条件\}$という記載もします。 例えば、$ x^2=1$の解を考える範囲が実数であることを明示するために、 $ \{x\in \mathbb{R}\vert x^2=1\}$と記載します。自然数だけを考えるのであれば、 $ \{x\in \mathbb{N}\vert x^2=1\}$と記載します。この方程式の、自然数解は$ x=1$のみですので $ \{x\in \mathbb{N}\vert x^2=1\}=\{1\}$です。

$ A$の要素が全て$ B$の要素に含まれる場合、$ A$$ B$の部分集合(subset)であるといい $ A\subset B$と記載します。

次の命題は部分集合の定義より明かですが、様々な証明において非常によく使われます。

命題 1.2.2
2つの集合$ A,B$に対し、

$\displaystyle A\subset B \Longleftrightarrow 任意のAの元aがBに含まれる$

1.2.3
任意の集合$ X$に対し$ X$$ X$の部分集合です。また、空集合$ \emptyset$$ X$の部分集合です。

また、次の命題も明らかですが、上の命題と同様に非常によく使われます。

命題 1.2.4
2つの集合に対し次の3つの命題は同値である。
(1)$ A=B$
(2) $ A\subset B,B\subset A$
(3)$ A$の任意の元$ a$$ B$に含まれ、$ B$の任意の元$ b$$ A$に含まれる

2つの集合$ A,B$に対し、 $ \{(a,b)\vert a\in A,b\in B\}$$ A$$ B$の直積(direct product)といい、$ A\times B$と記載します。

例えば、 $ A=\{1,2\},B=\{3,4,5\}$とすると、

$\displaystyle A\times B=\{(1,3),(1,4),(1,5),(2,3),(2,4),(2,5)\}$

です。この例からも分かる通り、 $ \vert A\times B\vert=\vert A\vert\vert B\vert$です。

Takashi
平成24年5月27日