1.2.2 写像

この講では、写像に関する基本的な用語について学びます。写像についてなじみのある人は飛ばしてもらって結構です。

2つの集合$ X,Y$に対し、$ X$の元$ x$に対し$ Y$の元が1つだけ対応するときの対応を写像といます。写像を$ f$とするとき、$ x$に対応する$ Y$の元を$ f(x)$と記載し、$ x$$ f$による像(image)といいます。このとき、集合$ X$定義域(domain)、集合$ Y$値域(range)といいます。$ X$を定義域$ Y$を値域とする写像$ f$を、記号で

$\displaystyle f:X\longrightarrow Y$

と記載します。$ X$の元$ x$に対し$ Y$の元$ y$が対応することを明確にするときは、

\begin{displaymath}
\begin{array}{rccc}
f:& X & \longrightarrow & Y  [-4pt]
&...
...tatebox{90}{$\in$}  [-4pt]
& x & \longmapsto & y
\end{array}\end{displaymath}

と記載します。 $ X\longrightarrow Y$で使われている矢印と $ x \longmapsto y$で使われている矢印が違うことに注意してください。 $ \longrightarrow$は定義域(集合)から値域(集合)を結ぶときに用いられ、 $ \longmapsto $は具体的な元の対応を示すときに用いられることが多いです。

写像ではなく関数(function)という用語も使いますが、写像と関数はほぼ同様の意味です。ただし、関数という場合、値域が数(実数や複素数)である場合が多いですが、写像という場合は、値域は数に限らず一般的な集合の場合でも用いることが多いです。その意味で、「写像」の方が広く使われるといえます。また、関数の場合、定義域や値域が明確でない場合もありますが、写像という場合には定義域や値域を明確にする必要があります。

集合$ X$から$ X$への写像で$ x$$ x$に写すものを$ X$の 恒等写像(identity mapping)といい、 $ \mathrm{id}_{X}$で表します。すなわち、

\begin{displaymath}
\begin{array}{rccc}
\mathrm{id}_{X}:& X & \longrightarrow & ...
...tatebox{90}{$\in$}  [-4pt]
& x & \longmapsto & x
\end{array}\end{displaymath}

また、$ f$$ X$から$ Y$への写像とし、$ S$$ X$の部分集合とするとき、$ f$の定義域を$ S$に限定した写像を、$ S$への制限写像(restriction)であるといい、このとき、$ S$へ制限する(restrict)といい、$ S$への制限写像を $ f_{\vert S}:S\longrightarrow Y$と記載します。制限写像は定義域を限定しますが値域は変わりません。

\begin{displaymath}
\begin{array}{rccc}
f:& S & \longrightarrow & Y  [-4pt]
&...
...ebox{90}{$\in$}  [-4pt]
& x & \longmapsto & f(x)
\end{array}\end{displaymath}

1.2.5
2次関数$ f(x)=x^2$を、定義域 $ \mathbb{R}$、値域 $ \mathbb{R}$の写像と考えると、

$\displaystyle \begin{array}{rccc}
f:& \mathbb{R}& \longrightarrow & \mathbb{R}...
...in$} & & \rotatebox{90}{$\in$}  [-4pt]
& x & \longmapsto & x^2
\end{array} $

1.2.6
$ 0,1$の2元からなる集合を $ E(=\{ 0,1 \})$とおき、$ E$から $ \mathbb{R}$への写像$ g$

$\displaystyle \begin{array}{rccc}
g:& E & \longrightarrow & \mathbb{R} [-4pt...
...in$} & & \rotatebox{90}{$\in$}  [-4pt]
& x & \longmapsto & x^2
\end{array} $

を考えると、任意の$ E$の元$ x$について$ f(x)=g(x)$であり、$ f_{\vert E}=g$です。

なお、2つの写像$ f,g$が等しいという場合、単に$ f(x)=g(x)$ということだけでなく、(厳密には)定義域と値域も一致している必要があります。(「厳密には」とつけたのは、文脈によって明らかな場合には値域が異なる場合でも$ f=g$と記載することがあるからです。)

上の2つ例では、$ E$の恒等写像 $ \mathrm{id}_E$を考えると任意の$ E$の元$ x$に対し $ \mathrm{id}_E(x)=g(x)=f(x)$が成立していますが、値域が違いますので(通常の文脈では) $ \mathrm{id}_E=g$とは考えません。

定義 1.2.7
写像 $ f:X\longrightarrow Y$に対し、$ f$の像からなる$ Y$の部分集合を$ f(X)$と記載し$ f$像(image)といいます。$ f(X)$は、 $ {\rm Im} f$と記載することもあります。

$\displaystyle f(X)=\{ y\in Y \vert y=f(x),x\in X \} $

$ f(X)=Y$のとき、$ f$全射(surjection)であるといいます。つまり、値域$ Y$の全体が$ f$の像になっていることを意味します。

また、任意の$ X$の元$ x_1,x_2$に対し、 $ x_1\neq x_2$であれば $ f(x_1)\neq f(x_2)$のとき、$ f$単射(injection)であるといいます。$ f$が全射であり単射であるとき、全単射であるといいます。

恒等写像は常に全単射です。

全射は比較的分かりやすいと思いますが、単射は慣れるまで難しいかもしれません。しかし、どちらも大変重要な概念ですので、理解してください。単射の条件の対偶をとることにより、$ f$が単射であるための条件は、

$\displaystyle f(x_1)=f(x_2) \Longrightarrow  x_1=x_2$

であることと言い換えることができます。

これは「像が同じ場合は、もとの元も同じ」ことを意味しており、写像$ f$により定義域$ X$がそのまますっぽりと$ Y$に含まれることを意味しています。

1.2.8
$ \mathbb{R}$上の写像 $ f:\mathbb{R}\longrightarrow \mathbb{R}$を考えます。
(1)$ f(x)=x$$ f$ $ \mathbb{R}$の恒等写像 $ \mathrm{id}_{\mathbb{R}}$であり全単射である。
(2)$ f(x)=x^2$は全射でも単射でもない。
(3)$ f(x)=x^3$は全単射である。

1.2.9
$ E=\{0,1\}$とおき写像 $ f:E\longrightarrow \mathbb{R}$を考えます。 (1) $ f(0)=0,f(1)=1$とすると$ f$は単射である。
(2) $ f(0)=1,f(1)=1$とすると$ f$は単射でない。

このように単射とは像が同じにはならないことを意味しています。

命題 1.2.10
$ X,Y$を集合$ f$$ X$から$ Y$への写像とする。このとき、
(1)$ f$が全射であるとき $ \vert X\vert\leqq\vert Y\vert$
(2)$ f$が単射であるとき $ \vert X\vert\geqq\vert Y\vert$
(3)$ f$が全単射であるとき$ \vert X\vert=\vert Y\vert$

定義 1.2.11
写像 $ f:X\longrightarrow Y$$ Y$の元$ y$に対し、$ f(x)=y$となる$ X$の部分集合を$ f^{-1}(y)$と記載します。つまり、 $ f^{-1}(y)=\{ x\in X \vert f(x)=y \}$です。$ f^{-1}(y)$$ y$$ f$による逆像(inverse image)といいいます。

$ y\not\in f(X)$である場合、$ f^{-1}(y)$は空集合となります。したがって、$ f^{-1}$$ Y$の全ての元に対し定義できるわけではありませんので、$ f^{-1}$は写像ではありません。また、$ f(X)=Y$のときは、$ Y$の全ての元に対し$ f^{-1}$が定義できますが$ f^{-1}(y)$が一意に定まるわけではありませんのでやはり写像ではありません。

$ f$が単射である場合、$ f^{-1}(y)$の元の個数は0(つまり$ f^{-1}(y)$は空集合)か1です。したがって、$ f^{-1}$ $ f(X)\subset Y$上の写像と考えることができます。

$ f$が全単射の場合、$ f^{-1}$は、$ Y$の元に対し$ X$の元を1つ対応しますので、$ Y$から$ X$への写像となり、かつ、$ f^{-1}$も全単射です。(これに対し、$ f$が(全射であっても)単射ではない場合、$ f^{-1}$は、1対多数の対応関係となってしまうため写像ではありません。) また、$ f$が単射である場合、$ f^{-1}$は、$ f(X)$から$ X$への写像(全単射)となります。

定義 1.2.12
$ f:X\longrightarrow Y$が単射のとき、写像 $ f^{-1}:f(X)\longrightarrow X$逆写像(inverse mapping)といいます。特に、$ f$が全単射のとき$ f^{-1}$$ Y$から$ X$への写像となります。

定義 1.2.13
写像 $ f:X\longrightarrow Y, g:Y\longrightarrow Z$に対し、$ f$$ g$合成写像(composite mapping)$ g\circ f$を、 $ g\circ f:X\longrightarrow Z$ $ g\circ f(x)=g(f(x))$で定義します。

$\displaystyle \begin{array}{rccccc}
g\circ f:& X & \longrightarrow & Y &\longr...
...\in$}  [-4pt]
& x & \longmapsto & f(x) & \longmapsto & g(f(x))
\end{array} $

命題 1.2.14
写像 $ f:X\longrightarrow Y, g:Y\longrightarrow Z$に対し
(1)$ f,g$が全射の場合、$ f\circ g$も全射となる。
(2)$ f,g$が単射の場合、$ f\circ g$も単射となる。
(3)$ f,g$が全単射の場合、$ f\circ g$も全単射となる。

Takashi
平成24年5月27日