2.1.4 整数のイデアル

整数 $ n_1,n_2\cdots,n_k$に対し、 $ \mathbb{Z}$の部分集合 $ (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$を、

$\displaystyle (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}=\{ a_1n_1+a_2n_2+\cdots+a_kn_k \vert a_1,a_2,\cdots,a_k\in \mathbb{Z}\}$

で定義します。

$ k=1$のときは、 $ (n)_{\mathrm I}=\{an \vert a\in\mathbb{Z} \}$であり$ n$の倍数の集合と一致します。 $ (n,m)_{\mathrm I}$という記号は通常は使いません。通常は、単に$ (n,m)$と記載しますが、$ (n,m)$は最大公約数を意味していますので、 $ \mathbb{Z}$の部分集合である $ (n,m)_{\mathrm I}$と混乱しないように記号を分けました。しかし、次の定理より $ (n,m)_{\mathrm I}$と最大公約数$ (n,m)$は実質的に同じものであることが分かりますので、 $ (n,m)_{\mathrm I}$の代わりに$ (n,m)$と記載しても混同する心配はほとんどありません。

定理 2.1.19
整数 $ n_1,n_2,\cdots,n_k$に対し、
(1) $ x,y\in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$のとき、 $ x+y\in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$
(2) $ x \in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I},a\in \mathbb{Z}$のとき、 $ ax\in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$
(3) $ n_1,n_2,\cdots,n_k$の最大公約数を$ d$とすると、 $ (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}=(d)_{\mathrm I}$
(4) 仮に $ (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}=(m)_{\mathrm I}$であった場合、$ m$ $ n_1,n_2,\cdots,n_k$の最大公約数又は最大公約数を負にしたものである。

証明
(1) $ x,y\in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$とすると、 $ x=a_1n_1+a_2n_2+\cdots+a_kn_k,y=b_1n_1+b_2n_2\cdots+b_kn_k$となる $ a_i,b_i\in\mathbb{Z}$が存在する。すると、 $ x+y=(a_1+b_1)n_1+(a_2+b_2)n_2+\cdots+(a_k+b_k)n_k$であり、 $ (a_i+b_i)\in\mathbb{Z}$ですので、 $ x+y\in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$
(2) また、 $ ax=aa_1n_1+aa_2n_2+\cdots+aa_kn_k$であり $ aa_i\in\mathbb{Z}$ですので、 $ ax\in (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$
(3) $ k=1$のときは明らか。
また、$ k=2$のときは定理2.1.17より成立している。 $ k>3$のときは数学的帰納法を用いて証明することもできますし、定理2.1.17が3つ以上の整数に対しても成立していることからも分かります。
(4) $ (d)=(m)$とすると、定義より、 $ d=a_1m,m=a_2d,a_i\in \mathbb{Z}$であるが、このようなことが成立するのは、$ a_1,a_2$$ \pm 1$のときに限る。よって、証明された。

つぎに $ (n,m)_{\mathrm I}$を一般化したイデアルを定義しましょう。 $ \mathbb{Z}$のイデアルは $ (n)_{\mathrm I}$形をしていることが分かります。

定義 2.1.20
$ \mathbb{Z}$の部分集合 $ {\mathrm I}$で次の性質を持つものを $ \mathbb{Z}$イデアル(ideal)であるという。
(1) $ x\in {\mathrm I},k\in \mathbb{Z}\Rightarrow kx\in {\mathrm I}$
(2) $ x,y\in {\mathrm I} \Rightarrow x+y\in {\mathrm I}$

定義の(1)は $ {\mathrm I}$を整数倍しても $ {\mathrm I}$に含まれることを意味しています。また、(2)は $ {\mathrm I}$が加法について閉じていることを意味しています。 (1)により、必ず0 $ {\mathrm I}$に含まれることが分かります。また、仮に$ 1$ $ {\mathrm I}$に含まれていると仮定すると $ {\mathrm I}=\mathbb{Z}$となります。

Remark 2.1.21
$ x\in {\mathrm I}$に対し定義(1)より $ -x\in {\mathrm I}$と分かります。定義(2)と考え合わせると、 $ \mathbb{Z}$加法群と考える場合 $ {\mathrm I}$ $ \mathbb{Z}$部分群になります。逆に、 $ \mathbb{Z}$を加法群と考えるときの $ \mathbb{Z}$の部分群はイデアルになります。

このように、 $ \mathbb{Z}$の部分群と $ \mathbb{Z}$のイデアルは同じものになります。しかし、一般的にのイデアルは環の部分集合として定義されますが、環の加法群の部分群が環のイデアルになるとは限りません。

2.1.22
$ \mathbb{Z}$の部分集合$ \{0\}$定義2.1.20を満たしますのでイデアルです。$ \{0\}$零イデアルといいます。
$ \mathbb{Z}$自身も $ \mathbb{Z}$の部分集合であり、定義2.1.20を満たしますのでイデアルです。
これらを $ \mathbb{Z}$自明なイデアルといいます。

2.1.23
定理2.1.19より $ {\mathrm I}=(n_1,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$はイデアルです。

定義 2.1.24
イデアル $ {\mathrm I}$ $ (n_1,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$と一致する場合、イデアル $ {\mathrm I}$は、 $ n_1,\cdots,n_k$から生成される(generated)といい、 $ n_1,\cdots,n_k$をイデアル $ {\mathrm I}$生成元(generator)であるという。有限個の生成元から生成されるイデアルを有限生成イデアル(finitely generated ideal)、1つ元から生成されるイデアルを単項イデアル(principal ideal)という。

2.1.25
$ \mathbb{Z}$の自明なイデアルである $ \mathbb{Z}$は、 $ \mathbb{Z}=(1)_{\mathrm I}$ですので単項イデアルです。
同様に、零イデアル$ \{0\}$ $ (0)_{\mathrm I}$ですので単項イデアルです。

定理2.1.19により、 $ \mathbb{Z}$における有限生成イデアルは、単項イデアルであることが分かります。次の定理は、 $ \mathbb{Z}$の全てのイデアルが単項イデアルであることを示しています。

定理 2.1.26
$ \mathbb{Z}$のイデアル $ {\mathrm I}$に対し整数$ n$が存在し、 $ {\mathrm I}$$ n$から生成される。この場合、 $ {\mathrm I}$の生成元は$ \pm n$に限る。

証明
零イデアル $ {\mathrm I}=\{0\}$の場合は明らか。零イデアル以外のイデアル $ {\mathrm I}$には必ず正の元が含まれている。( $ {\mathrm I}$の元を$ -1$倍しても $ {\mathrm I}$に含まれるため。) $ {\mathrm I}$の正の元でもっとも小さい元を$ n$とするとき、 $ {\mathrm I}=(n)$であることを以下証明する。
$ m\in {\mathrm I}$とし、$ n$$ m$の最大公約数を$ d$とすると定理2.1.17より$ d=an+bm$となる整数$ a,b$が存在しますが、イデアルの定義より $ d\in {\mathrm I}$となります。$ d$は最大公約数であるため$ n$以下であり、他方、$ n$は最小数であるため$ n\leqq m$。したがって$ d=n$。よって、$ n$$ m$の最大公約数が$ m$であり、これは$ n$$ m$の倍数であることを意味する。よって、 $ {\mathrm I}=(n)$であることが証明された。
後段は、定理2.1.19により証明されている。

Remark 2.1.27
一般論として、イデアルは環において定義されます。イデアルは常に有限生成とは限りませんし、有限生成イデアルが単項イデアルになるわけでもありません。
しかし、ユークリッド整域においては、全てのイデアルは単項イデアルになります。

2.1.28
$ (2,3)_{\mathrm I}=\{ 2a_1+3a_2 \vert a_1,a_2\in\mathbb{Z} \}=\mathbb{Z}$

以上のとおり、 $ \mathbb{Z}$のイデアルは常に有限生成であり、また、生成元は最大公約数になることがわかります。つまり、

$\displaystyle {\mathrm I}=(n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}=(d)_{\mathrm I}$

です。ここで、 $ d=(n_1,n_2,\cdots,n_k)$です。このように、イデアル $ (n_1,n_2,\cdots,n_k)_{\mathrm I}$と最大公約数 $ (n_1,n_2,\cdots,n_k)$は同視することができるため、通常、イデアルの記号には $ {}_{\mathrm I}$を付さずに単に $ (n_1,n_2,\cdots,n_k)$と記載します。このように、記載してもこれが最大公約数を意味するのか、最大公約数から生成されるイデアルを意味するのかは、通常、前後の文脈から明らかであるため特に混乱することはありません。

Takashi
平成24年5月27日