2.2.2 多項式の約数・倍数

整数では素因数分解を考えましたが、多項式の世界では素因数分解に対応するものが因数分解になります。約数、倍数も整数の場合と同様に多項式の世界でも定義できます。ここでは、多項式における約数、倍数を定義をしますが、一般的に可換環でも同様に定義できます。可換環の最も単純なものは整数環 $ \mathbb{Z}$です。 $ \mathbb{Z}$における通常の約数、倍数の定義と同じであることを確認してください。

$ \mathrm{K}=\mathbb{Z},\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$のとき、$ K$係数多項式 $ f,g\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$に対し、通常の多項式の演算により$ f+g,fg$が定義でき $ \mathrm{K}[\mathrm{X}]$の元に含まれます。この演算により、 $ \mathrm{K}[\mathrm{X}]$可換環になります。

定理 2.2.2
$ \mathrm{K}=\mathbb{Z},\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$のとき $ \mathrm{K}[\mathrm{X}]$は可換環となる。

Remark 2.2.3
一般論としては $ \mathrm{K}$が可換環であれば $ \mathrm{K}[\mathrm{X}]$も可換環になります。しかし、 $ \mathrm{K}$が体であっても $ \mathrm{K}[\mathrm{X}]$は体にはなりません。

定義 2.2.4
$ \mathrm{K}=\mathbb{Z},\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$とし 多項式 $ f(\mathrm{X}),g(\mathrm{X})\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$とします。このとき、ある多項式 $ h(\mathrm{X})\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$が存在し、 $ f(\mathrm{X})=h(\mathrm{X})g(\mathrm{X})$となるとき、 $ f(\mathrm{X})$ $ g(\mathrm{X})$倍数であるといい、 $ g(\mathrm{X})$ $ f(\mathrm{X})$約数であるといいます。このとき、 $ g(\mathrm{X})\vert f(\mathrm{X})$と書きます。 $ f(\mathrm{X})$ $ g(\mathrm{X})$倍数でないとき $ g(\mathrm{X})\nmid f(\mathrm{X})$と書きます。

$ \mathrm{K}=\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$とし、 $ k\in \mathrm{K},f(\mathrm{X})\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$とすると、 $ kf(\mathrm{X})$$ f$の倍数でも約数でもあることに注意しましょう。これは、整数の世界では、$ n$$ -n$がお互いに倍数でもあり約数でもあることに対応します。

下記は、可換環に対する単元(正則元)の一般的な定義です。可換環という用語に不慣れな場合は、 $ R=\mathrm{K}[\mathrm{X}]$(例えば $ \mathbb{Q}[\mathrm{X}]$)をイメージしましょう。この場合、既約多項式の定義となります。

定義 2.2.5
可換環$ R$の元$ a$に対し$ ab=1$となる$ R$の元$ b$が存在する場合(つまり、$ a^{-1}$が存在する場合)、$ a$単元(unit element)又は正則元(regular element)であるという。

また、可換環$ R$の元$ a$が、$ R$の元$ b,c$により$ a-bc$と分解される場合$ b$又は$ c$の少なくとも一方が単元となる場合、$ a$既約元(irreducible element)という。
特に可換環 $ R[\mathrm{X}]$の既約元を既約多項式(irreducible polynomial)といい、既約元でない元を可約(reducible)であるという。

命題 2.2.6
$ \mathrm{K}=\mathbb{Q},\mathbb{R}$または $ \mathbb{C}$とすると、可換環 $ R=\mathrm{K}[\mathrm{X}]$の正則元は、 $ \mathrm{K}^{\times}=\mathrm{K}-{0}$である。
$ f(\mathrm{X})\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$が、既約多項式であることの必要十分条件は、 $ f(\mathrm{X})=g(\mathrm{X})h(\mathrm{X}),1\leqq\deg(g)<\deg(f)$と分解できないことである。つまり、真に次数が低い定数多項式以外の多項式を約数に持たない場合である。

なお、既約か可約かを考える際は係数をどの体系のなかで考えるているのかを意識する必要があります。例えば、整数係数多項式で考える場合 $ \mathrm{X}^2-2$は既約多項式ですが、実数係数多項式として考える場合 $ \mathrm{X}^2-2=(\mathrm{X}-\sqrt{2})(\mathrm{X}+\sqrt{2})$と分解できますので可約多項式となります。
また、 $ \mathrm{X}^2+1$は実数係数多項式としては既約ですが、複素数係数多項式と考える場合には、 $ (\mathrm{X}+i)(\mathrm{X}-i)$と分解できます。

$ \mathbb{Z}[\mathrm{X}]$の既約多項式は「真に次数が低い定数多項式以外の多項式を約数に持たない場合」だけではありません。(整数係数多項式参照)

このように、既約か可約か、また可約としてもどのように分解できるのかを考えるには、係数をどこの世界で考えるているのか特定する必要があります。考えている係数に大小関係がある場合には次の命題が成り立ちます。

命題 2.2.7
$ \mathrm{K}_1,\mathrm{K}_2$ $ \mathrm{K}_1\supset \mathrm{K}_2$の関係があるとする。このとき、 $ f(\mathrm{X})\in \mathrm{K}_2[\mathrm{X}]$ $ \mathrm{K}_2[\mathrm{X}]$で既約であるとき $ \mathrm{K}_1[\mathrm{X}]$でも既約である。

証明
仮に $ \mathrm{K}_1[\mathrm{X}]$で可約であり $ f(\mathrm{X})=f_1(\mathrm{X})f_2(\mathrm{X}), \deg (f_1)=\deg(f),\deg(f_2)=0$と分解できるとすると、この分解は$ f$ $ \mathrm{K}_2[\mathrm{X}]$の元と考えた場合でも成り立っている。したがって $ \mathrm{K}_2[\mathrm{X}]$でも可約となる。
よって、 $ \mathrm{K}_1[\mathrm{X}]$で既約であれば $ \mathrm{K}_2[\mathrm{X}]$でも既約である。

Remark 2.2.8
実数係数多項式の既約多項式は2次以下の式であり、複素数係数多項式の既約多項式は1次以下の多項式になります。これは、ガウスによる結果であり代数学の基本定理と呼ばれています。このことから、複素数体上は任意の多項式が解を持つことが分かります。

定義 2.2.9
$ \mathrm{K}=\mathbb{Z},\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}$とする。2つの多項式 $ f(\mathrm{X}),g(\mathrm{X})\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$に対し、 $ d(\mathrm{X})\in \mathrm{K}[\mathrm{X}]$ $ d(\mathrm{X})\vert f(\mathrm{X})$かつ $ d(\mathrm{X})\vert g(\mathrm{X})$であるとき $ d(\mathrm{X})$ $ f(\mathrm{X}),g(\mathrm{X})$公約式であるといいいます。
また、公約式のうち次数が最大の公約式を最大公約式といいます。
定数多項式としての$ 1$が最大公約式であるとき $ f(\mathrm{X})$ $ g(\mathrm{X})$互い素であるといいます。

最大公約式を $ d(\mathrm{X})$とすると $ d(\mathrm{X})$の定数倍もまた最大公約式になりますので、最大公約式は1つではありません。 $ f(\mathrm{X}),g(\mathrm{X})$の最大公約式の集合を整数の最大公約式と同様に$ (f,g)$と記載します。最大公約式を考える際も係数がどの範囲で考えるのかが重要となります。

2.2.10
整数係数多項式環 $ \mathbb{Z}[\mathrm{X}]$で考えるとき、 $ (\mathrm{X}^2+2\mathrm{X}+1)=(\mathrm{X}+1)^2$ $ (\mathrm{X}^2-1)=(\mathrm{X}+1)(\mathrm{X}-1)$の最大公約式は、 $ \mathrm{X}+1$ $ -\mathrm{X}-1$である。
同様の式を $ \mathbb{Q}[\mathrm{X}]$で考えると最大公約式は $ q\mathrm{X}+q$$ q$は有理数)の形の多項式である。

Takashi
平成24年5月27日